令和2年12月1日(火) 今日のこと

只今 21時09分

去年の今、お母さんの命が消えるまであと12時間だった
そんなこと知る由もなくこの日見舞いに行ったときに容体がよく感じていたので安心して寝てしまったのではないだろうか

去年はこの日は日曜日だったんじゃないかな
翌日仕事にいつも通りに行っていつも通りに仕事をしていた記憶がある

そして仕事中突然の連絡に心が凍り付いた
理解したくなかったが理解できていた
逃げることができない現実
しなければならないこと 行かなければならない場所 否定したいがすべてわかっていた
これから起こることもあの瞬間すべてわかっていた
逃げたくても逃げられない
惰性でも目をつぶってでも前に行くしかなかった

あれから1年たった

一周忌はしてあげることができない せめて自分一人だけでも儀をしようかと考えたが他のことをいろいろ考えてやらないと決めた

喪中は今日で終わる でも生活は変わらないかも
今後もコロナウィルスのせいで制限されることが多いから

とても大切にして大事にしてたくさん愛して自分なりに守ってきた人が去年の明日失ってしまう

1年という時間はそれを理解させ今後の生き方を考えさせるには十分だった

先ほどふと思った

親父が死んで、自分のことをたくさん愛してくれた愛犬が死んで、次にお母さんが死んだ

少しづつ、少しづつ 楽しい時間を共有してくれた人たちが消えていく

それは寂しくとてもつらいことだ しかしそれを乗り越えていく力を身につけられた

一人で行動することは慣れた もともと、遊びに行くのも何かをするのもほとんど一人だったので
たいしたことではなかった

今後の人生 このひとりの時間が続くのか それとも時間を共有できる人や動物ができるのか

どうなんだろう?

 

親父が生まれたのは1月21日
親父が死んだのは5月4日

お母さんが生まれたのは12月12日
お母さんが死んだのは12月2日

1と2がいっぱいだ
親父が死んだ日は1と2はないけど 5から4を引けば1だしね

なんか意味あるのかな?

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