2020年3月24日(火) お母さんへ

お母さんに向けて手紙を書くのは久しぶりだよ

以前 たくさん泣いて泣いて泣きまくって涙が枯れてからは何もかも吹っ切れた感じで悲しさも寂しさも吹っ切れてしまったから。

あれは不思議だったよ 悲しいことってこんなにすーっと消えていくのかなと思った
実は自分は本当は冷たい人間でそのことを自分自身が気がついていなくて今回のことで初めて知ったのかもしれない そんなオチなのかもしれないけど

とにかく ある時期から悲しさは消えて涙も消えたんだよ

やるべきことがたくさんあり忙しい日々が続いていたからあまり考えなくなったというのもあるかもしれない

でも、今日、お母さんの部屋を見て再びいろいろ考え始めた

お母さんの私物は随分処分してもうあまり残っていないけど壁にかかっていた帽子を見て
あ、この帽子 一緒にオヤジのお墓に行ったときに被っていったものだ とふと思ってから
考え始めった

1階の6畳の和室 タンスや仏壇があるから狭い部屋になってしまったがお母さんがこの地にやってきてから死ぬまで生活した場所だよね

蓮田から引っ越すときに結婚したときに持ってきた桐のタンスを持っていくか処分するか迷って、メンテナンスに出して生まれ変わってこの家に持ってきたよね それは正解だったね

具合が悪くなったときに朝になったら医者に連れて行ってあげるから頑張って、と励まして 寂しいだろうから隣で寝てあげてたとき、お母さんがいびきを掻いて寝始めたので少し安心して自分もウトウトしていたとき、気がついたら手で僕の顔を触ってたよね

そんな出来事もお母さんの小さな和室の部屋の中での出来事だったね

小さな畑の草むしりをやっていたらいつの間にかひょっこりやってきて一緒にやり始めたね

思えば、この小さな畑で色んなもの作ったね

冬の寒い夕暮れにお母さんが大根を収穫している姿は今でも覚えているよ

その小さな畑ももうやる人がいなくなってしまったので今年は整理することにしたよ

でも、お母さんが蓮田から持ってきたお母さんの大好きだった山茶花だけはちゃんと育てることにするよ

ここに越してきたから僕は女性と付き合い始めて週末は殆ど家にいないときが続いたけど
その時、お母さんは全然平気だったよね 病気一つしないでいつも元気で散歩もお買い物も普通にやっていた。

僕がその女性と付き合いをやめてからお母さんは病気がちになってきたよね

僕が付き合っていた女性は幸運の持ち主だったのかもしれない、その後もずっと付き合っていたらお母さんはもっと健康で長生きできたのかもしれない・・・なーんてね

 

今年も恐山行きたい もし行くことできるのだったら前回出雲市行ったときみたいにお母さんのピンクの腕時計一緒に持っていくからね

 

じゃあね ばいばい

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