令和元年12月31日(火) 一昨日のこと

29日の日曜日のこと

家を出たかった 家にいても何もしないしできないし
それだったら外に出ているほうが何もしないよりは良いかなと思った

でも、それは違っていた 家から逃げ出したかっただけだった

この家には寂しさがつまりすぎている
この寂しさが柔らかく自分を苦しめる
耐えられない辛さではないが蓄積していく そして気分が堕ちてしまう

だから逃げ出したかった

一人で家にいてお母さんと向き合っているときは楽しい
でも、それはしらずしらずに寂しさを溜め込んでいる
寂しさが器いっぱい溜め込まれて溢れ出すと止まらなくなってしまう

なぜ抜け出せないのだろう?

何回ももう大丈夫だ と思ったのに あるときすぐに簡単に堕ちてしまう

遺影を横から見ると厚みがない 後ろもない
当たり前だ 写真なのだから立体であるわけがない
そんなこと誰でも理解しているし自分も当然理解している

しかし

ちょっと前まで普通に体に触って暖かさを感じていたお母さんが
平面になってしまった 写真の中に入ってしまった それが全てになってしまった

理屈では理解しているのだが、心のなかではなぜなんだろう? と思っている

もう、なんかおかしくなりそう

 

この日は外出した 同居の姉には今日は帰ってこないといった

いつものように大宮に行ってさくら水産に行った
また酒浸り

ここは気兼ねなく一人鍋が食べられる 昼間行けば空いているからのんびりできる

一人鍋を食べていつも以上にたくさん酒を飲んだ

さいたま新都心に宿をとった

スター・ウォーズのレイトショーを見ようと思っていた

しかし たくさん飲みすぎてしまったのが裏目に出てホテルから動けなくなってしまった

久しぶりに吐いた

ただ、外泊すると家にいるような寂しさは訪れない

そこの点だけは救われている

だから いつも逃げているのだが

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