最終章

その
一枚の写真は、長い年月がたち色あせていた。

2人の被写体とその後ろにディーゼル機関車が斜め正面を向いていてその後ろに客車。

天気は晴れ渡り空は澄みきっていて、青い空と白い雲
線路脇に小さく咲いている花はコスモスだろうか
秋の柔らかな午前の光が映し出されていた。

向かって右にセーラー服を着た ゆうこ 
左に 学生服の彼が並んでいる

ゆうこは少し怒ったような迷惑そうな顔でカメラから視線を外した感じで写っていた
彼は少し緊張していてそれでも無理矢理笑顔を作り出した表情で写っていた


写真を撮り終えた彼は後ろの列車に向かって歩き出した
人影が何人か見えた。この列車に乗る乗客達だ

手前の入り口からステッキを持った70代後半位の男性が乗り込んでいった。
同じ車両の奥の入り口から80代くらいの腰の曲がった女性がゆっくり乗り込んでいる。

彼はあまりにも気持ちが良かったのでノビをした。
「ふわぁー!今日は良い天気だなぁ 気持ちいい」
「今日もいつも通り何も変わらないや 乗客も少ないし ははは」

客車内はホーム側の席は日陰になっていて反対側は日差しが車内に入ってくる。
日差しが当たる席側には手前に先ほどのステッキの男性
そしてその奥に80代の腰の曲がった女性が座っていた。

この車両の乗客は彼を含めて3人
ステッキの男性はマッチでたばこに火をつけ一服つけた後窓から外を見ている。
女性は座り心地のあまり良くないシートにちょこらんと座ったまま特に何もしていない。

彼は車両の真ん中あたり(先客の間)ホーム側席の窓側に座った。
窓を開けて窓枠に肘をつき ほほ杖をつきながらおぼろげに駅を見ていた。
見慣れている駅、当たり前の日常 
いつも利用してあまり気にも止めなかった小さなタ終着駅

また1人、隣の車両に乗ってきた。
彼は視野には入っていたが気にとめず ふとあることを考えた。

この路線は当初の計画では米沢まで延長するはずだった。しかしその計画は中断、
そしてやがて廃線となる。
廃線が決まっても何とも思わなかった 交通手段が無くなるわけではない 
今も利用しているバスがあるからだ

でも

この小さな駅は確実に存在した。
辛い時、悲しかった時、1人この駅舎に来て泣いた時もあった。
雨の日、駅のトイレの入り口の木戸を開けて中に入った時、
半分割れた曇りガラスの向こうに蜘蛛の巣と雨空が見え
雨音以外は何も聞こえなかった。時間が止まったかと思ったあの瞬間

初めてのデートがここだった 
それはデートといえる物ではないかもしれないが彼にとっては初めてのことだった。

この駅の小さな歴史の中に、自分の思い出が刻み込まれていた。

-何故 今こんな事を考えているのだろう?-

風が吹いて窓から車内に入ってきた。
その風に乗って小さなアゲハチョウも一緒に入ってきたが彼は見向きもしなかった。

-この駅が無くなったら、僕の思い出もなくなってしまうのだろうか?
やがて何もかも鉄道が敷かれる前の状態に戻った時、
この駅にきざみこまれたぼくのきもちは・・・・-

「あっ!」
その小さくて驚いたような声に彼は振り向いた
通路に少女が立っていた
セーラー服を着たゆうこだった。

「チョウチョが止まったよ」
「えっ」

彼はゆうこの存在に驚いたがそれより彼女の言葉の意味を諭した
彼女の右胸に先ほど車内に入ってきた小さなアゲハチョウが止まっていた。

「ねぇ、向こうの窓を開けて」
「え!あ、うん」

彼は立ち上がり反対側の席に行くと窓を大きく開けた後、その座席に座った
ゆうこはチョウが逃げないようにゆっくりと彼の正面に座った
そして左手の人差し指を自分の右胸に持って行きチョウを指先に誘導させた。
チョウが乗った指先を今度は窓の外に出した。
チョウはしばらくゆうこの指先を歩いていたが
再び風が吹きその風と共に大空に舞い上がった。

「飛んでいっちゃった」

2人ともしばらくチョウを目で追っていたがやがてお互い視線を合わせた。
ゆうこはにこにこしている

「ねー!ゆうこは何でこの列車に乗ってきたの?」
彼が訪ねた すると
「それよりさっき何考えてたの?」
「さっき?」
「そ、あっちの席でずっと考え事してたでしょ。私の存在も気がつかないで」
「え!・・ああ、えっと あのさ、この線もうじき廃線になっちゃうでしょ、
そしたらさこの駅どうなっちゃうんだろう?って思っててさ・ ・・」

ゆうこは話を聞きながら自分のカバンを開け始めた。
「ほら、これ食えよ!おいしいぞー!」
カバンからふたつ取り出したリンゴをひとつ彼に手渡した
「家の庭で取れたんだよ」
ゆうこはりんごを自分の袖で拭きながら言った。

「あ、ありがとう」
手渡された彼もゆうこの真似をしてりんごを自分の袖で拭いた
真っ赤なつやつやしたりんごだ。

「で?」
「ん!でさ!この駅には自分の思いがいっぱい詰まっているというのを今
気づいたんだよ」
「そっか、わたしもだ!」
「え・・・!」
「それで?」
「あ、うん、それでさ、この駅が無くなってしまったら
自分の思い出もなくなってしまうのではないかと思っててさ・・そう考えてたらなんだか哀しくなって来ちゃって・・・・さ。 ま、そんなつまらない事この列車に乗ったら
考え出しちゃって」

「そっかぁ・・・この線が無くなってもこの駅が無くなってもこの場所が今後
どんなに変わってしまっても・・・思いは残るよ、それに」
「・・それに?」
「この駅は残るよ」
「残る??」

にこにこしながらゆうこは言った
「うん」

「だってこの線が廃止になってしまえばこの駅は存在の意味がないし・・・・」

「それよりりんご食べな、おいしいよ」
「う うん いただきます」
ボソッと言った後彼はリンゴをほおばりかじりついた。
「!・・おいしい すごくおいしい」

ゆうこはニコニコしながら
「うん」

彼がりんごを食べている姿をゆうこは満足そうに見ていた、そして
「ねぇ」
「好きな娘とか、彼女は出来たの?」

「え!?」
突然の質問に戸惑ってしまった彼、興味津々で彼を見ているゆうこ
「ああ、ま まあ・・・」
瞬間、誤魔化そうとしたが無理そうなのでキョロキョロした後、
うつむいてゆうこから目線を外し
「か、彼女なんか いない・・・出来ないよ、好きな娘は・・・いたけど・・
あこがれ・・以上に発展することは・・無いし・・・・」
最後の方は声が小さくなっていった
目の前にそのあこがれの女性がいてそんな話をしている。
照れて恥ずかしくてこの場から逃げ出したいくらいだ。

「なーんだ!君の周りにいる女達はどこに目をつけているんだ?見る目が無いなぁ、
男を!」
ゆうこは嬉しそうにそう言った後、一息入れてからチラッと外を見て

「あ!わたしもか!!」
ボソッと言った

意外な答えが返ってきて口を開いたまま声が出なかった。
いつものゆうこならこんな事は間違っても言わなかったはずだ

この列車で会ってからずっとゆうこは笑顔を見せている。好きな女の子が自分に対してずっと笑顔を与え続けてくれている
いままでこんな事は無かっただけに余計嬉しくこの時間がとても幸せだった。
でも、その笑顔は彼に対してではなく、彼女自身とても嬉しいことがあって彼にほほえみを与えているだけだ
そう思っていても彼はとても幸せな気持ちになった。
ゆうこの笑みを見ていて自然と彼もほくそ笑んでいた。

「ゆうこ さ!!」
「ん なに?」
「なんだか今日、とっても嬉しそう」
「うん」
「そんなに笑っているゆうこは初めて見たよ」
「そっか?」
「うん」

「良い事、あったよーー!」
少し大きな声で言った
もう 嬉しくて嬉しくてたまらないらしい。

「あの~ひょっとして・・・野球部の・・あの先パイの事・・か・・な?」
「・・!へぇ、知ってたんだ」
見透かしたような視線で彼を見ながら言った

「え、あ、いや、学校でさ、ちょっとした噂になっていたから、自然と耳に入って・・・」
「ふうん~」
ちょっと含み笑いをしてゆうこは
「私のこと見てたんだね」
「い、いや あの、その・・」
「ククク そかそか」
完全に見透かされた彼はゆうこのペースになってしまった。

「ねぇ 私のこと他に何知ってるの?」
ニコニコしながら訪ねた

彼はおどおどしてもう目をゆうこに合わせられない。
窓の外を見て無理に話を変えようとした
「あ、あそこにいるチョウチョさ さっきゆうこの胸に止まったチョウかな?」

ゆうこは彼が指さした方をちょっと見て、彼の顔の近くまで自分の顔を持って行った 
キスをしてしまうのかと思うくらい大接近だ。
そして「そうかもしれないね」そう一言言った
彼は凍り付いてしまった。

また先ほどの距離をおいたゆうこは、チラッと外を見て
その時、車内アナウンスが流れた
「この列車、定刻通り間もなく発車いたします」
「あのチョウチョはこの列車には乗せられないからねぇ」
ゆうこの独り言は車内アナウンスと重なってしまって彼には聞こえなかった。

彼に振り返ったゆうこは
「そっかぁ とってもうれしいな」
「・・・・!?」
「もう!まったくきみは女心がわからないやつだなぁ・・・もう! まぁ いっか!」
「・・・はぁ」

「そういえばさ、あの本読み終わった?」
「え?・・本?」
「そ!前にさ、この駅のホームに座って話してたじゃん!
いつかあの列車をこの駅このホームから発車させたいってあつく語ってたじゃん」
「あ!ああ、でもあの時ゆうこ鼻で笑ってなかったっけ?」

ゆうこは再び彼に顔を近づけ
「え~~!そうだったっけ~?」
彼はまた凍り付いてしまった。

ゆうこはクスクス笑いながらまた距離を戻した
「じゃあ、あの本の感想聞かせて!」
「・・・・え・・か・感想?」
「うん」
やっと声を出せるようになった彼は
「あ、あの本は・・あの続きは、まだ読んでないんだよ。
いろいろ忙しいときがあってあれから読書離れちゃって、だからあれっきり、そん

な話も忘れちゃってた」

「な~んだ、そうだったんだぁ じゃあ私が続きを話してあげるから、
その後、感想聞かせて!」

再び風が車内を通り抜けた
ゆうこのスカーフを揺らした後、風は窓の外に抜けていった。
先ほどのゆうこの胸に止まったアゲハチョウが、その風にあおられて空に舞った。
風がやみ再び地上の草に降りた時、そこはゆうこ達2人がが真正面に見える場所だった
チョウは羽を休めて2人を見ていた

「で!どこまで読んだんだっけ?」
「うん、えっと汽車がさ・・・

ゆうこが話す声、彼がびっくりする声、ゆうこが笑う声、2人で笑う声・・・・

やがて列車が汽笛を一度鳴らした後、チョウの視線の左側に動き出した
列車は音もなくレールの上を滑るように走り出した。
ゆうこと彼の会話はずっと続いている
列車が駅を離れ、やがて2人の会話も小さくなり、そして聞こえなくなった。

駅に静寂が戻った
穏やかな秋の日差しはそのまま降り注いでいる

2人を見送ったアゲハチョウはしばらくその場にいた
2人の会話を思い出しているように。

羽を大きく動かし、チョウは無風の大空に飛び立った。

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