2013年4月22日作成
風呂場の曇った鏡にに指で線を引く
指が引かれたところは曇りが取れそこだけ鏡本来の機能を取り戻す
指が鏡に当たっているところは今まさに曇りを取ろうとしている
それ以外の部分は汚されていない場所
風呂場の水蒸気で指で引かれた線も再び曇りが覆いかぶさる
この動作をを見ると人類の歴史を見ているように感じだ
指によって引かれた線は人が生きた証 歴史であり過去だ
指が鏡にあたっている部分はまさに人々が歴史を作っている最中
今だ 汚れていない水蒸気で埋め尽くされている場所は
これから訪れる未来だ 指によって引かれた線はやがて
水蒸気によって再び曇りを取り戻す
人間の築きあげた歴史は長い時間とともに風化される
鏡に指が当たっている幅が人生
50年だろうか あるいは100年だろうか
曇りを消し始めたところから始まり指が鏡から離れるまでが
生きている時間、 指と一緒にとどまることはできない
指が置かれている小さな時間の中で
人々はいろいろな歴史を作り上げる
指がスライドし同じ場所から移動を完了する
ほんの僅かな時間でだ
今この時間はもう戻らない
こうしている間にも指はスライドしているからだ
この一瞬 生きた証 壮大なドラマ
つくり上げる歴史が無数にある
旅に出ると指で引かれた線を見る機会が多い
そのほとんどは建造物や資料などだ
国を揺さぶるような大きな歴史があったものほど
保管され当時を見ることができる
指が線を引いたところはたくさんの人間が
作り上げた多くの歴史がある
小さな歴史 小さなドラマは誰にも伝えられることなく
残されることもなく 風化されていく
指で引かれた線がやがて水蒸気に覆われて行くように
道端に落ちている石ころやなにげに見ている木々など
誰に語られることもない小さな歴史の一部だったかもしれない
そしてその歴史は壮大な人間模様を表した
熱い物語だったかもしれない
本陣殺人事件という映画があった
調べてみると映画は2本作られてそうだが
自分が知っているのは
1975年に作られたほうだ
4月の末だというのに雪が舞うこの日
広大な敷地を持つ本陣一柳家で長男の祝言が行われた
その翌日未明
離れで過ごした新婚初夜の二人は何者かに殺された
離れは外部から人が入った形跡は見つからず
内側からは鍵がかかったまま
完全な密室殺人だった
金田一耕助登場 この事件を解決していくというものだ
自分はこの映画が好きで何度かリピートしたことがあった
内容も良かったが人間模様の表現に惹かれた部分が多かった
特に中尾彬さん演じる金田一耕助は
当時の現代風の格好で登場 サングラスを掛けジーパンを履く
サングラスの中の鋭い目つきとは裏腹に優しい男を演じていた
始まりは
金田一耕助がこの地を訪れ葬儀の列を見る
その葬儀は鈴ちゃんだということがわかり
一年前のあの忌まわしい事件を回想していく というものだ
時代は代わり今
当時のものを知ると
なんでそんなことでこんなことしなきゃならなかったのだろう
そんなことを思う歴史が多々ある
内乱や世界大戦などがいい例だ
そんなことで自らの命をたたなきゃならないのか
指が鏡から離れる前に自ら・・・
今では考えられないことだ
だが当時を生きた人たちはその道を選択した 紛れも無い事実
本陣殺人事件でも似たような表現がなされていた
映画だ、作り物だ 実際のことではない と言われればそれまでだ
だがその当時
自分の命と引換えてもいい価値のあるものがあったのかもしれない
そんなこともふと思ってしまった
自分が10代の頃
ラジオのFMから流れる音楽を録音するエアチェック
というものが流行っていた
自分も当時はよくカセットテープに録音をしていた
その時FMで日本映画音楽の特集をやっていて録音したある1曲が
映画本陣殺人事件のテーマ曲だった
とても妖しく美しい曲で当時は何度も聴いていた
その後 この映画を観て録音した曲は
オリジナルをアレンジした曲だというのがわかった
時間が立ち 今
本当に久しぶりにこの曲を聞くことが出来た
何度も聴いてしまった
この曲を聴いているうちに文章をかいてみたくなり記事にした
もう遠い昔の話だ 自分の中では風化されていた
指が鏡から離れた時 水蒸気で曇ってしまうだろうか
それとも残っているだろうか
ここにも小さな歴史があった
いつか訪れてみようと思う
当時の映画を作った人たち
映画の中の人々の人間模様の面影を見るために